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最高裁判所第二小法廷 昭和29年(オ)154号 判決

主文

原判決を左のとおり変更する。

昭和二八年四月二四日に執行された参議院全国選出議員選挙のうち、栃木県佐野市における選挙を無効とする。但し、右選挙における当選人五三名(別紙記載一から五三までの者)のうち、大倉精一(四八)、関根久蔵(四九)、大谷(略)(五〇)、八木秀次(五一)、柏木庫治(五二)、楠見義男(五三)を除いた四七名(同一から四七までの者)は、その当選を失わない。

訴訟の総費用中、上告人中央選挙管理会委員長と被上告人との間に生じた部分は、同上告人の負担とし、参加によつて生じた部分は参加人等の負担とする。

理由

上告代理人沢田竹治郎の上告理由、同原暉三の上告理由第二点乃至第四点並に同牧野良三、同新家猛、同坂野滋の上告理由について。

原判決の確定するところによれば、昭和二八年四月二四日行われた参議院全国選出議員の選挙において、栃木県佐野市選挙管理委員会は、公職選挙法一七三条の定めに従い、同市相生町三〇二番地佐野市保育所外二〇年の場所に候補者の氏名及び党派別を記載した氏名一覧表を掲示するにあたり、同候補者の一人たる被上告人は日本社会党に所属するにかかわらず、その党派別を日本共産党と誤記し、右氏名一覧表は当初掲示せられた昭和二八年四月一四日から、選挙当日である同月二四日午前七時五〇分頃まで右誤記を訂正せられることなく、そのまま掲示せられたというのである。

右の事実が公職選挙法二〇五条にいわゆる「選挙の規定」たる同法一七三条に違反するものであることはいうまでもない。

論旨は、ひつきよう、本件における右規定違反の事実は、同法二〇五条所定の「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」にあたらないことを主張するものであるが、同条にいう「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」とは、その違反がなかつたならば、選挙の結果、すなわち候補者の当落に、現実に生じたところと異つた結果の生ずる可能性のある場合をいうものと解すべきである。

そもそも、一七三条が候補者の氏名のほか、特に党派別の掲示をしなければならないと規定したのは、公職の選挙において候補者の所属党派の識別を重視することは、民主主義政体における当然の要請であるとするものであり、近時わが国公職選挙の実態においても候補者の党派別の重視せられていることは、原判決説示のとおりであつて、この規定に違反し氏名一覧表に候補者の党派別を誤記したことは、選挙規定の違反としてまことに重大であり、その影響の及ぶところ決して軽視すべきでないといわなければならない。

論旨はこの誤記は訂正せられた旨主張するところであるけれども、本件において右掲示は同法一七四条所定にかかる選挙期日前一〇日から選挙当日午前七時五〇分頃まで殆んど右所定全期間に亘り誤記のままなされたことは原判決の確定するところであつて、その後、右掲示の訂正せられるに至つた経緯はまた原判決の詳説するところであるけれども、これをもつて、右違法の効力が除去せられたものとするに足りないことはいうまでもないところである。

論旨は選挙公報の発行、新聞公告、ラジオ放送等も行われることから、法一七三条の掲示は重要な意味を持たないことを強調するけれども、公職選挙法は一七三条、一七四条において右の掲示は公衆の見易い場所を選びその掲示方法、掲示場所等につき適当な措置を講じて、候補者の氏名等が選挙人に周知されるようにつとめなければならないことを規定し、かつ、その掲示場所の箇数、掲示の期間についても、詳細な規定を定めているのであつて、選挙管理委員会が選挙人に対し、候補者の氏名、党派別を周知せしめる方法として、同法がこの掲示に相当の重点をおいていることは、きわめて明らかであつて、また本件選挙の実際においても、現実に二一ケ所の場所(その場所が学校、講事堂等の入口、掲示場等右規定の趣旨に従い人々の見易い場所であつたことは原判決の確定するところである)に、ほとんど法定の全期間を通じてなされたことは前述のとおりであつて、これによつて同法の所期する目的は相応に達せられたと見るのは常識上当然である。それにもかかわらず、とくに本件の選挙においては、右掲示が法所期の目的を達せず人々が一向にこれを見なかつたというならば、これを主張するものにおいてその立証の責に任ずべきであるところ、右のごとき事実の立証の看るべきもののないことは、原判決の判示するところである。とすれば右規定違反の結果、佐野市の選挙民をして、候補者たる被上告人の党派別について、その認識をあやまらしめた事実なしとすることはできないのであり、この事実が選挙の結果に異動を生ぜしめる可能性のあることは多言を要しないところである。

しかして、佐野市において、右選挙に投票したものの総数が一七、九二四人であることは、原判決の確定するところであるから、若し、右規定違反がなかつたとしたら、右総数の内三八一票-すなわち同選挙における次点者たる被上告人が現に全国区において得た得票数と、同選挙における最下位当選者楠見義男の得票数との差三八一票を超える票が(現に同市において被上告人に投ぜられた投票数の外に)同市において被上告人に投ぜられた可能性がないとはいえないのであつて、この可能性のあるかぎり右の規定違反は、すなわち、同法二〇五条にいわゆる「選挙の結果に異動を及ぼす虞ある」ものと判断せざるを得ないのである。(殊に、佐野市における右投票総数一七、〇〇〇余票中現に日本社会党所属の候補者に投ぜられた数が合計五、三〇〇票以上あることは栃木県選挙管理委員会発表の「結果表」により明らかであつて、若し右氏名一覧表における被上告人の党派別が正当に日本社会党と表示せられていたとすれば右日本社会党に投ぜられた票中の何程か-或は数百票-が被上告人に投ぜられたかも知れないという可能性あることもこれを否定することはできないのである。)本件において事実上かかる可能性があり得ないとすることは、これまた、これを主張するものにおいて、挙証の責任を負うのであるが、その確証の得られないことは原判決の示すところである。

論旨はまた、右規定違反は未だ以て選挙の自由公正を害したとするに足りないと主張するのであるが、選挙に関する規定は、主として選挙の自由と公正とを確保することを期するものであつて、これが違反は、すなわち、選挙の自由と公正とを阻害する結果を招来するおそれあるものといい得るのであるが、本件のごとく、選挙の実施者たる選挙管理委員会自身が、前記のごとく、長期にわたり、公衆の見易き場所二〇ケ所以上におよんで、候補者の党派別を誤記して掲示した事実ありとする以上、これが選挙の公正を害するものというべきは勿論である。

その他原判決の認定する被上告人の同市における選挙運動の態様のごときは、前示規定違反の選挙に及ぼす効果の判断を左右するものとはいい難く、この点に関し原判決の事実の認定に誤りありとする論旨は採用するに足りないものである。その余の論旨の採用に値しないことは、また、上来説示するところによつて、おのずから明らかである。

よつて、右と同旨に出でて、本件佐野市における選挙を無効とした原判決は正当であつて、この点に関する上告はすべて理由がない。

上告代理人原暉三の上告理由第一点について。

公職選挙法二〇五条一項によつて、選挙の無効を判決する場合、同条二項乃至四項を適用して、選挙の無効にかかわらず当選を失わない者を決定するにあたつては、本件選挙のごとく参議院全国選出議員の通常選挙と参議院全国選出議員の補欠選挙とが同法一一五条一項の規定により合併して行われる場合には、同法二〇五条三項の「当選に異動を生ずる虞のないもの」の判断は、原判決のごとく当選人が落選人となり、又は落選人が当選人となる虞の有無のみにとどまらず、さらにすすんで六年議員が三年議員となり、又三年議員が六年議員となる虞はないかどうかまでを決定しなければならないことは所論のとおりであつて、後者の点につき何らの顧慮を払つた形跡のない原判決はこの点において、関係法条の解釈をあやまつたもので、本論旨は理由あるものといわなければならない。

しかして、本件選挙において当選人とせられた五三名(別紙記載一から五三までの者)のうち四七乃至五三の候補者並びに次点者とせられた候補者(同五四)の全国得票数及び佐野市における得票数等については、同論点掲記の表のとおりであることは原判決の確定するところである。

そこで、右表にあらわれた事実関係に同法二〇五条二項三項に規定するところを適用すれば、本件選挙において、当選人とせられた前示五三名のうち大倉精一(別紙記載四八)関根久蔵(四九)大谷(略)(五〇)八木秀次(五一)柏木庫治(五二)楠見義男(五三)の六名を除いた四七名(一から四七まで)はその当選を失わない者となることまた、論旨説述のとおりである。従つて原判決は以上の範囲において変更を免れないものである。

よつて、民訴三九六条、三八四条、三八六条、九六条、八九条、九二条、九四条を適用し、全裁判官一致の意見により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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